ディスカッション



〈自己完結社会〉の成立(上)
上柿崇英著


〈自己完結社会〉の成立(下)
上柿崇英著

環境哲学と人間学の架橋(上柿崇英 
/尾関周二編)
環境哲学と人間学の架橋
上柿崇英/尾関周二編


研究会誌『現代人間学・
人間存在論研究』

   

用語解説

   

〈思想〉 【しそう】


 「出発点となるのは、そもそも人間は、根源的に世界を了解し、他者を了解するための意味と言葉を必要としている、という存在論的な前提である。……それは例えば、古の時代において、それを必死に紡いできただろう無数の人々、あるいはわれわれが決して知りえぬ未来において、いつしかそれを紡いでいくことになるだろう無数の人々に思いを馳せること……そしてそこから、われわれ自身が自らの生きる時代の現実と対峙し、新たな意味と言葉をめぐって格闘していくということを意味しているからである。こうして紡ぎだされるもののことを、本書では改めて〈思想〉と呼ぶ。」 (上巻 4-5



 本書の方法論である「現代人間学」の第一原則(「優先されるべき〈思想〉の創造」)の出発点であると同時に、人間学的には、「意のままにならない生」の現実と格闘する人々が生みだしてきた言葉と意味が年月をかけてひとつの形をなしたもののこと。

 原始以来、人間存在にとって世界とは、「意のままにならない身体」「意のままにならない他者」がもたらす哀苦と残酷さに満ちたものであり(〈有限の生〉)、人間存在にはそうした「意のままにならない生」を「肯定」し、前に進んでいくための〈世界了解〉が必要であった。

 〈思想〉とは、そうした〈世界了解〉を支え、促すための言葉や意味がひとつの体系をなしたものである。その意味においては、宗教も、〈哲学〉〈芸術〉も、ある種の〈思想〉の表現として理解できる。

 〈思想〉を紡ぐ者たちにとって、向き合わなければならない現実はそれぞれ異なっている。それゆえ〈思想〉が語る物事は、「絶対的普遍主義」が示すような意味での「(絶対的な)真理」などではない。しかしそこには、特定の時代と境遇を生きた人々が共通して直面していた、限定された意味での「普遍性」はある。

 「現代人間学」の実践として問われる「〈思想〉の創造」とは、〈存在の連なり〉の先にいるはずの、過去に生きて〈思想〉を紡いできた人々の、そして未来に生きて〈思想〉を紡ぐだろう人々のことに思いを馳せつつ、いまここに生きるわれわれ自身が、自らに与えられた現実に即して〈思想〉を紡ぎだしていくことを意味している(したがってここにも「人間という存在に対する〈信頼〉」という契機がある)。

 なお、そうした〈思想〉のなかでも、移り変わる時代の不確実性や不透明性に耐えうる、そして人心に響く言葉の潜在力を備えた〈思想〉のことを、本書では「強度を備えた〈思想〉」と呼んでいる。