用語解説
「牧歌主義的―弁証法的共同論」 【ぼっかしゅぎてきべんしょうほうてききょうどうろん】
- 「われわれは“共同”と聞いて、しばしばかつての農村を想起し、慣習や情緒に包まれた素朴な人々が……容易く「共同行為」を実現させていたかのように連想する。そして現代社会の人間のあり方を批判しようとして、しばしばそうした“牧歌主義”とも言える理想郷を想起しながら、「人間的つながり」の回復を訴えてきた側面があるだろう。……(しかし)われわれの進むべき道は、共同性の「回復」ではあっても、「自由な個性」の埋没した共同体の復興という道ではない。近代社会は、一面においてわれわれに「人格的独立性」を提供したのであって、われわれはそうした「自由な個性」を損なうことなく、共同性をあくまで新しい形で再興しなければならない、という理解である。」 (上巻 248-249)
人間存在の〈共同〉をめぐって、20世紀の日本の人文科学において強い影響を及ぼしてきた枠組みで、かつて存在した「共同体=むら」を個性の埋没に象徴される前近代性の温床として批判しつつも、近代社会の諸問題(資本主義がもたらす人間疎外、物象化、個人の私人化、孤立化、モラルの解体など)を超克するためには、「共同体=むら」に存在した素朴な人間の共同性を、近代によってもたらされた「自由な個性」を失うことなく、「自由な個性と共同性の止揚」に象徴される新しい形態として再構築すべきだと考えるもの。
着想自体はマルクスが『経済学批判要綱』において描いた歴史観に由来し、分節化すると「自然主義の共同論」、「共同体批判の共同論」、「自由連帯の共同論」からなる。一連の思想は、史的唯物論の失墜後、人間論としてのマルクスの再解釈に挑んだ「第二次マルクス主義」の中核的な理論のひとつとなり、〈自立した個人〉の成立を理論的に説明するものとしても重要な位置を占めつつ、90年代から2000年代にかけてNGO、NPOの隆盛を受けて、公共性(公共圏)論、「アソシエーション論」という形で再び脚光を浴びることになった。
本書の〈共同〉をめぐる分析は、ここでの枠組みで想定されてきた、予定調和を前提とした魔術的なレトリックと「現実を否定する理想」の諸側面を脱構築し、人間的生の現実に即した〈共同〉の理論を再構築することを目的としている。