用語解説
〈信頼〉 【しんらい】
- 「したがってわれわれは〈共同〉に際して、まずは「素朴な〈悪〉」を考慮し、相手が〈信頼〉に足るべき人物かどうかを見極めなくてはならない。しかし無限で永遠の信頼がありえない以上、われわれはどこかで相手が裏切りや不正を働くリスクを負いながら、それでも相手を〈信頼〉しなければならない。つまり〈共同〉を実現させるためには、移ろいゆく信頼自体の不完全性を知りながら、それでも〈信頼〉の連鎖と〈信頼〉の持つ絆の力を信じ、誰かが誰かを最初に〈信頼〉しなければならないのである。」 (上巻 270)
「共同行為」としての〈共同〉の負担を軽減させる「〈共同〉のための作法や知恵」の原理のひとつで、何ものかの不確実性、非永続性を承知の上で、それでも信じること。
換言すれば、盲目になって何かに身を任せることではなく、あやふやで、眼で見たり、触って確かめたりすることができない何かを、それでも信じること(そこには、その願いが結果的に叶わないかもしれないが、叶わなければそれでもいい、しかし可能性がある以上そうであることを願いたい、という態度が含まれている)。
信頼概念は、社会学では、N・ルーマン(N. Luhmann)による「複雑性」(Komplexität)の縮減(人間は、あまりに複雑で無数の可能性に満ちた世界ではいかなる判断も行動も取ることはできないため、間違ったり裏切られたりといったリスクを負いつつも、敢えて何かを「信頼」することによって、可能性の幅を一定程度縮小させ、何かを判断し、行動することができるようになる)という形でよく知られている。
これに対して、本書の〈信頼〉概念が強調しているのは、他者とは根源的に意のままにならない存在であること(〈有限の生〉の三原則=「意のままにならない他者の原則」)、人間は決して正確な未来を予見できないこと(〈有限の生〉の五原則=「不確実な未来の原則」)を受けて、それでもいかにして人間存在が避けがたい〈共同〉を実現し、「より良き〈生〉」のための足がかりを見いだせるのかという問題である。
こうした〈信頼〉概念に関連するものとして、「人間に対する〈信頼〉」、「具体的な他者に対する〈信頼〉」、「(集団的に共有された)人間一般に対する〈信頼〉」(「結束」に基づく〈信頼〉)、「人間という存在に対する〈信頼〉」、「青年たちとすでに青年を終わらせた者たちとの間の〈信頼〉」、「自己への〈信頼〉」といった派生的な概念ある。また「〈共同〉のための作法や知恵」の原理として、他にも〈役割〉の原理と〈許し〉の原理がある。